<スペシャル インタビュー>

戎康友 × Hasselblad X1D II 50C

2020-5-15

ハッセルブラッドを愛し、ハッセルブラッドで自由な表現にチャレンジし続けるフォトグラファーたちがいる。そんな彼らに、フォトグラファーとしての思い、ハッセルブラッドへの思いなどをインタビュー。第二回目は、エディトリアルや広告などの分野で活躍する戎 康友さん。

「T JAPAN」ミキモトコムデギャルソン 「X1D II 50C」+C レンズで撮影。

−フォトグラファーになろうと思ったきっかけを教えてください。

故郷の長崎で祖父と父が写真館を営んでいました。親戚も10 人以上写真館を構えていて、集まれば写真の話をするような環境で育ち、生活の中に当たり前のように「写真」がありました。幼い頃から父の仕事を手伝っていたからなのか、中学2 年生の頃に父から一眼レフカメラをもらった際、フィルムの焼き付け方やモノクロの現像の仕方などを改めて教わらなくても自然とできていたように思えます。

ただ写真の道に進みたいとはまったく思っていませんでした。幼い頃から好きだった映画の道に進みたいと考えていたのですが、家業の事情から、泣く泣く写真学科に進学することに。大学1 年生からファッション誌のフォトグラファーのアシスタントの仕事を間近で見られたのは良い刺激でした。映画は8mm でも10 人くらいで動きますが、アシスタントをしていたフォトグラファーはライティング、構図、モデルへの指示出しなどすべてをひとりで行っていく。そういう姿を見て、ひとりの人の視点でつくることができる写真のほうが自分に向いていると思い、卒業後すぐにフォトグラファーとして独立しました。

「BRUTUS」STYLEBOOK 2020 S/S 号(No.912)「H6D-100c」+「HC 2,8/80」で撮影。

−22 歳で独立とはすごいですね。

幸運なことに時代的に写真の仕事が溢れるほどあって、22 歳で独立しても仕事に困らないような時代だったんです。最初のうちは写真の仕事ができている自分に喜びを感じながら撮っていたのですが、日々忙しく撮影をこなしていくうちに、少しずつ「自分の撮りたい写真を撮れているのかな」という疑念を持つようになって…。

そこで24 歳の時に1 年ほどニューヨークへ行くことにしました。途中でパリへ行ったり、BOOK をつくったりして充実した時間でしたね。セントラルパークで寝転がりながら、「この街のどこで何を撮りたいのか」ということをずっと考えていました。今思えば、「何を撮りたいのか」を考える時間がすごく重要だったんだと思います。22 歳で独立しましたが、本当の意味でのスタートは24 歳ですね。

「BRUTUS」ハワイ島での1 枚。トップからのバックライトの自然光の中で
「X1D II 50C」+「XCD 2,8/65」で撮影。海の色も出しつつ、被写体のシワや筋肉も
しっかり再現されている。硬いレンズではこうは仕上がらない。
「X1D II 50C」で撮ると、レタッチソフトを使わなくても自分が見た通りの色、トーンに仕上がる。

−ハッセルブラッドはいつ頃から使い始めたのでしょうか?

80 年代のハッセルブラッドといったら500C/M ですが、仕事で使えるように揃えると800 万円はかかると言われていました。先生が持っていたので僕も触ってはいましたが、独立したての若手には手の届くような代物ではありませんでした。結局、初めて購入したのは33 歳くらいの時です。モノクロの仕事が多かったので、当時から希少だったC レンズの白玉T*コーティングをなんとか2本購入しました。このレンズのグラデーションの再現性の高さがものすごく良い。今もX1D II 50C で使っています。

「ハワイ島の海に入りたい」というスタッフと。「X1D II 50C」+XCDレンズでスナップ。
フレアの入り方がC レンズに近い感じがして気に入っている。

フィルムが大好きで、できることならすべての仕事をフィルムで撮りたいくらいなのですが、時代が変わっていく中で意固地になってもいられません。さまざまなデジタルカメラを試してみた中で、ハッセルブラッドの「H6D-100c」とHC/HCDレンズの独特の色の見え方が気に入り、昨年購入しました。

−画像編集ソフトウェアのPhocus は使われていますか?

もちろん使っています。正直に言うと、まだまだかゆいところに手が届かない部分もあります。でもPhocus はハッセルブラッドのカメラが持っている性能をそのまま活かすことができるソフトなんだと思うんです。フィルムで撮っていた頃のことを思い出してみてください。

僕は、カメラの性質とフィルムの性質と出力のつながりを理解した上で行う作業をデジタルでもやりたい。これまで培ってきた経験を活かすためにも、自分の目で見たものがそのまま写るようなデジタルカメラがほしい。そういう意味でハッセルブラッドはすばらしいなと思います。

「Them Magazine」No.29 モノクロ作品だが、まったくレタッチをしていない。
肌の質感を出しつつ、シャドウ部は締めたいという時は、ハッセルブラッドのカメラは最適。

−「X1D II 50C」も使われているそうですが、使用感はいかがですか?

すばらしいです! このカメラは4×5 で撮るスタイルに近いと思います。中判デジタルの電子ファインダーカメラを使うのは初めてなので、ピントが合っているかどうかを背面液晶ディスプレイで拡大してから構図を決めて、シャッターを切っているのですが、この撮影スタイルが4×5 で撮る時の被写体に対する間合いの取り方に近いものを感じています。

父の影響で若い頃から4×5 を使うことが多かったのですが、据え置きで撮るには自分が動くのではなくてモデルに動いてもらわないとなりません。人をどう動かしたらフォトジェニックになるかを考える必要がある。僕にとってはその部分が非常に重要で、「自分の撮り方」をデジタルでもできることに楽しさを感じています。

−よく使うレンズを教えてください。

最近よく使っている「XCD 4/45P」は35mm 換算で36mm くらいなので、標準レンズが好きな僕としては少し短く感じますが、「X1D II 50C」のコンパクトなボディとのバランスが良く、持っていて傾きが少ないので撮りやすいです。

「BRUTUS」STYLEBOOK 2020 S/S 号(No.912)での撮影の際の1 枚。
「X1D II 50C」+XCDレンズで撮影。青の深みなど、何も調整していない。

あとは、「 X1D II 50C」にXV レンズアダプターを介してCレンズを装着して撮るとすごいです。構造上、1/30 秒で切らないといけなくなるので、完全に構図を決めておき、ファインダーを覗きながら手や腕などの細かい位置を指示してシャッターを切る、という僕が好きな4×5 の撮影スタイルで撮ることになります。また、(僕の好みでは)少し色が派手に感じるXCD レンズはあとで彩度をちょっとだけ落とすことが多いですが、Cレンズはジャストなんです。ほんの少しだけ柔らかくなってサーチレーションが落ちるので、僕的な「良い写真」に仕上げられる。Cレンズで撮った写真は肌のトーンやグラデーションがすごくきれいです。

フィルムの頃、それぞれの被写体やイメージに合わせてフィルムを選んでいたように、ハッセルブラッドのレンズも被写体に合わせて選ぶ楽しさがあります。少し派手さがほしければHC/HCD レンズやXCDレンズ、4×5 で撮ったポートレートのようにしたければCレンズなどというように、撮りたいイメージによって使い分けることができる。フィルムカメラとデジタルカメラの違いを自分的に埋めることができる、と感じました。

「Harper's BAZAAR」5 月号「X1D II 50C」+XV レンズアダプター+C レンズで撮影。
「GINZA」「X1D II 50C」+XV レンズアダプター+C レンズ(Distagon C 50mm F4 T*)で撮影。

−フィルム時代はカメラやレンズ、フィルムの性格を蓄積することでプロとしてのノウハウを積み重ねていましたが、デジタルになってレタッチに頼る部分が多くなり、機材に対するこだわりが薄れている気がします。

もったいない。デジタルでもカメラやレンズの性格を知ったほうが面白いことが起こると思う。カメラは被写体と目をつなげるために媒介となってくれるもの。それがないと撮れません。カメラもレンズも人の手によってつくり出されたものとして、それぞれの性格を知って、何を撮ればそれが活きるかを考える。そういう視点で機材選びをするとすごく面白いですし、写真を撮ることがもっと楽しくなると思います。

海外で活躍するモデルから「なぜハッセルブラッドを使ってるの?」と訊かれますが、その独自性を話した上で、ある程度写真を撮る人がたどり着くいくつかの場所のひとつがハッセルブラッドだと話しています。それはハッセルブラッドがカメラをつくり始めた時からある一貫したものを持っていて、それをフォトグラファーが掴み取る部分が大きいからだと思う。その独自性と方向性を続けてほしい、と思っています。

「GINZA」フィルムや35mm のデジタル一眼レフでは撮れないような不思議な肌のトーンを再現したかったので、
「X1D II 50C」+XVレンズアダプター+Cレンズで撮影。

−戎さんが写真を撮り続ける意味とは何でしょうか?

僕にとって写真を撮り続ける意味ってあまり考えたことがありません。これしかできないから写真を撮り続けている。

一番納得できるものであり、人とコミュニケーションを図れるものであり、自分の土台になるものなんだろうなって最近は思っています。

不思議なことに、思うように撮れない今だからこそ写真が撮りたくなりました。

閉鎖的でつらい状況ですが、自分の身の回りのものをゆっくりと観察して、1 日1 枚Portfolio に入れられるくらい良い写真を撮ろうと取り組んでいます。

毎日続けることで、今の状況を深刻に考えすぎるよりもよっぽど良いことが起こると思うんです。少しだけでも豊かになったらいいなって。写真を撮る行為を丁寧に考えることができる良い時間にしたいと思っています。

【プロフィール】

戎 康友

写真館を営む祖父と父の影響で日本大学芸術学部写真学科へ進学。卒業後、写真家として独立。

アメリカやヨーロッパを旅しながら現地の人々を撮影した ポートレイト作品を発端に、ファッション誌のエディトリアルや広告、 アーティストまで、ポートレイトを中心に活躍。

Web:http://www.ebisuyasutomo.com

Instagram:https://www.instagram.com/yasutomoebisu/?hl=ja