ハッセルブラッド宇宙への挑戦

アポロ11号から見た月の地平から上がる地球
© NASA

50年以上前、当時無名だったウォルター・シラーはヒューストンのカメラストアでHasselblad 500Cを購入しました。そのカメラはPlanar f/2.8のついた標準セットでした。シラーは将来のNASA宇宙飛行士の候補で、彼はこの新しいカメラを宇宙飛行へ連れて行こうと考え、ボディからレザーを取り外し、金属面を黒く塗って反射を最小限に抑えました。そして1962年10月、マーキュリーロケットに搭乗した時、シラーの横にはハッセルブラッドが置いてありました。このようにしてハッセルブラッドと写真の歴史、そしてアメリカの巨大な宇宙機関とスウェーデンの小さなカメラメーカーの間の長く密接な協力関係における新しい1ページが開いたのです。

ウォルター・シラーとHasselblad 500C

宇宙専用カメラ

NASAの撮影部門は急速に拡大し、スウェーデンのカメラメーカー、ハッセルブラッドへのコンタクトも増えました。そして、ハッセルブラッドは宇宙での使用により適するように、いくつもの構造やレンズを実験しながらカメラを改良していきました。NASAは積載量からあらゆる余分な重量を削減していたため、搭載するハッセルブラッドにも性能は維持しながら可能な限り軽量化が求められました。そしてハッセルブラッドはそれを実現しました。

レザーカバーを外したHasselblad 500C

宇宙飛行士エドワード・H・ホワイトが地球を背に無重力遊泳した姿 1965年6月
© NASA

宇宙飛行士がハッセルブラッドで撮影した写真は、最高傑作となりました。その写し取った瞬間は、人々を感動させただけでなく、歴史になったのです。たとえば1965年のジェミニ4号では、初めての宇宙遊泳が行われました。そしてジェームズ・A・マクディビットはハッセルブラッドを手にして、同僚、エドワード・H・ホワイトの宇宙遊泳を撮影しました。これらの写真はすぐに世界中の主要な雑誌に掲載されました。

ジェミニ11号宇宙船が地球を周回 1966年
© NASA

人々はハッセルブラッドで撮影された写真のシャープさに驚きました。おそらくほとんどの人は宇宙飛行に必要とされるカメラの信頼性について考えもしなかったでしょう。カメラは-65℃から120℃までの過酷な条件下で完璧に動作することが求められました。無重力や数えきれない未知の危険はいうまでもありません。1枚1枚が歴史的財産であり、二度と撮れない写真でした。ハッセルブラッドはその度にチャレンジしてきました。

アポロ8号、9号、10号、11号で使われたHasselblad Data Camera

宇宙で使われたHasselblad 203FE

月面のハッセルブラッド

宇宙空間におけるハッセルブラッドにとって最も印象的な瞬間は、1969年7月20日にアポロ11号が月面に着陸し、人類が地球から離れて最初の一歩を踏み出したときでした。その時選ばれたのがレゾープレートとZeiss Biogon 60mm ƒ/5.6レンズを装着したHasselblad Data Cameraでした。月から地球に戻るためには、なにより積載量の軽減が問題でした。そのため、アポロ11号から最後のアポロ17号まで、全部で12台のカメラボディが月面に残されました。歴史的瞬間を記録したフィルムマガジンだけが地球に持ち帰られたのです。その写真は人類が成し遂げた歴史を記録していました。

月面に降り立つエドウィン・オルドリン

アポロ11号
© NASA

月面に残された宇宙飛行士の足跡

アポロ11号
© NASA

宇宙飛行士オルドリン

アポロ11号
© NASA

最初のコンシューマー用カメラ

野鳥を撮影する熱心なカメラマンだったヴィクター・ハッセルブラッドは、自然の美しさを捉え、かつ手に収まるカメラを創りたいと考えていました。

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