ポートレイトの叙情詩 / FROZEN LIGHT

トーカ マヒロ

2019-05-09

Tags: V System

ハッセルブラッドを通して繰り広げる、白銀の世界との対話。

日本列島が記録的な寒波に襲われた厳冬期。私はハッセルブラッド500C/Mを胸に抱き、青森県津軽半島の最北端「龍飛崎」に佇む少女とファインダー越しに向き合っていた。背景に広がる陸奥湾の向こうは下北半島だろうか、その突端にも少女と同じように寒立馬が雪の中で立ち尽くしているのだろうか。そんな思いで構図を決め、フォーカシングフードからルーペを立ち上げピントを合わせていると、静寂に耐えかねたようにファインダーの中の少女が語りかけてきた。

「風が強い日は吹き飛ばされてしまうから
ここには立っていられない
でも今日は平気だよ」

厳しくも優しい語り口調に相槌を打つように私は無意識にシャッターを切る。「ボシュッ」というハッセルブラッド特有の不思議なシャッター音が辺りに鳴り響く。その音を合図にファインダーは暗転し、ついさっき言葉を交わしたはずの少女は暗闇へ消えてゆく。それと引き換えに少女は光の像としてネガフィルムへ焼き付けられ、その光景は過去から切り離された「写真」として再び光を反射し、現在という時間軸の先端で拡張され続ける。

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私が厳冬期の青森を写真に残そうと思った理由の一つは、その少女との出会いだった。“世界一の豪雪都市”と言われる厳しい環境で暮らし、学校まで片道2~3時間かけて通っているという。冬の早朝、まだ陽も昇らない暗闇の中、雪を掻き分けて駅まで歩く。吹雪の時には乗っている電車が止まってしまい雪原の中でポツンと取り残されることもあるとか。その日常は私の想像の及ばないところにあり、白銀の世界で生きる少女の瞳は逞しく儚い光を感じさせた。それから私は青森に通いながら、少女達のポートレイトと雪国のランドスケープを撮ることにした。

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少女が暮らす津軽半島の対岸に伸びる下北半島。その東の突端で海に囲まれた尻屋崎にだけ生息する寒立馬は、越冬のため順応した太く勇猛な馬体で寒風の中そっと目を閉じ立ち尽くしていた。大きな馬体に近づくのは少し躊躇したが、ファインダーに映し出された瞳は、少女と同じように私を受け入れてくれた。木立に囲まれた越冬地には私と寒立馬だけが立っている。海の向こうまで限りなく空が続く。風の音さえも消え去り、そこには親密な空気が流れていた。ファインダーに映る神秘的な白い姿をいつまでも見ていられた。微かな気配を感じ優しくシャッターを切ると、その合図を待っていたかのように寒立馬はゆっくりと歩き出した。ハッセルブラッドのファインダーを通してポートレイトという対話が成立したように思えた。

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放課後の時間になると私は、少女達が通っている校舎へ向かった。雪の中で写真を撮る約束をしていたからだ。ファインダーに並ぶ5人の少女にピントを合わせていると、突然両手で雪を拾い集め空高く投げ始めた。

「今日は雪が降りそうにないから、私たちが降らせてあげる」

少女達は空模様を気にする私の思いを察したのか、雪を降らそうとしてくれたのだ。しかし、見る限り不自然に落ちてくる雪に私がシャッターを切らずにいると、少女達は手が冷えてしまったのか雪を降らせることをやめ、体を寄せ合い両手を温めだした。私はファインダーを覗いたまま少女達に歩み寄り、ピントを補正し「ありがとう」と伝えシャッターを切った。

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八甲田山では、いくつもの樹氷が立ち尽くしていた。雪に覆われたアオモリトドマツは光も届かない状態で冬を越すのだが、死に向かっているわけではない。自ら細胞内の糖度を上げ核の凍結を防ぎ、春になるとまた緑を濃くする。季節が繰り返してきた当たり前のことだが、その姿からは冬を生き延びる強い意志と生命力を感じた。天候は一変し、ホワイトアウトしてゆく光景に少女達の姿が重なって見えた。吹き付ける雪風に立っていることの限界を感じ、樹氷にさよならを告げゆっくりとシャッターを切った。

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降雪の日は、空を向くウエストレベルファインダーには雪が降り込んでくる。サラサラとした粉雪は払えば落ちるが、500C/Mは電子制御が全くない分、少しくらい濡れても気にせずに撮影を続けた。その少女も同じように粉雪であれば気にならない様子でファインダーの中で静かに立っていてくれた。

「高校卒業したら 東京に行くんだ」

全てが白く覆われてゆく世界の中で少女が呟いた。雪に濡れるファインダー越しに聞こえたその言葉には、寂しさが入り混じっていたが、風に舞い散る粉雪は旅立つ少女のことを見送る紙吹雪のように見えた。

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雪風が強まると、少女も私もハッセルブラッドも雪まみれ。ウエストレベルファインダーは雪で埋もれて何も見えない。視野を確保するために急いでアイレベルファインダーに付け替える。ピントを合わせる指先は凍りつきそうなほど痛く冷たい。それでもファインダーの中では少女達の笑顔が輝いていた。極寒のファインダーを通して私の瞳に射し込む光からは、確かに少女達の体温を感じた。そのとき私は、冬を越す生命達の熱量を撮っていたことに気付かされた。少女達から反射する光はその熱量がプラスされた分、ネガフィルムに強く焼き付いたはずだ。

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3月になり雪解けの季節。私はフィルム100本を撮り終えていた。
新しい春に向けて、冬を越えた生命達が力強く旅立とうとしていた。
その気配を感じ、私は役目を終えたことを知り青森を去ることにした。

そして東京に戻ったら、儚い光たちの物語を1冊の写真集に閉じ込め、旅立つ少女達に贈り届けようと思った。

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ハッセルブラッドは、ファインダーを覗きシャッターを切るまでに特別な時間と空間が生まれる。そこには写真家と被写体のみが存在を許され、ファインダーを通して行われる両者の対話の中で感覚が研ぎ澄まされる。その間、他の要素はまるで雪に埋もれるように少しずつ視界から消えてゆく。それはある意味、「過去となる光景を物質に焼き付ける」という時間軸の流れに逆らおうとする行為に対して生じる、ひとつの抵抗と言っていいのかもしれない。

もしそうだとすれば私にとってハッセルブラッドは、時を超えて過去の光と再会するための特別な記録装置なのだ。

Author

トーカ マヒロ

東京を拠点にグラフィックデザイナー、アートディレクターとして活動する傍ら、写真家としての作品制作を開始。2018 年、世界一の豪雪都市と言われる青森のランドスケープと高校生のポートレイトを並列に撮り下ろし、撮影・アートディレクション・デザイン・出版までの全パートを自身で完結させた写真集「FROZEN LIGHT」を発表。

Twitter: @tokamahiro
Web: https://www.tokamahiro.com/

トーカ マヒロ写真展「FROZEN LIGHT」開催

ハッセルブラッド ストア 東京が、世界一の豪雪都市「青森」に生きる生命達の光に包まれる。

年間降雪量650cm以上。世界一の豪雪都市といわれる青森。
その街に降りそそぐ白い雪は、目に映る風景や物音すべてをとても静かに消し去ろうとしていた。
それは何も特別なことではなく、繰り返される美しき日常だった。

ハッセルブラッド ストア 東京 オープンギャラリーの第3弾として、トーカ マヒロ氏による写真展「FROZEN LIGHT」を開催いたします。


展示期間

2019年5月25日(土)− 6月25日(火)

会場

ハッセルブラッド ストア 東京

詳しくは


5月25日(土)レセプションパーティー

個展初日の5月25日(土)にレセプションパーティーを開催します。作家ご本人と作品についてお話ができる貴重な機会です。お飲み物やかんたんな軽食もご用意しております。予約不要、入場無料となりますので、ぜひお越しください。

日時

2019年5月25日(土)19:00 - 21:00

会場

ハッセルブラッド ストア 東京

詳しくは


6月1日(土)トークショー

6月1日(土)にはトークショーを開催いたします。当日は「FROZEN LIGHT」を通して、写真表現に対するトーカ氏の姿勢やご自身が影響受けた写真家などについても幅広くお話しいただきます。

また、限定20名様のチケットA(トークショー+写真集+サイン)は、サイン入り写真集が特別価格でご提供されるお得なチケットとなります。

作家ご本人のお言葉で、作品世界の深い部分までお話しが聞けるとても貴重な機会です。参加人数に限りがございますのでお早めにお申し込みください。

日時

2019年6月1日(土)14:00 -

会場

ハッセルブラッド ストア 東京

詳しくは

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