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インタビュー:松本知己|Tomoki Matsumoto

Hasselblad Japan Interviews vol.2

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言語の壁や物理的な距離から、海外へのアプローチが難しかった日本の写真集、そしてその文化を発信する道を独自に切り開く松本知己。一冊の写真集との出会いから写真業界に足を踏み入れ、現在では日本の写真集を海外流通するほか、出版や香港での写真集フェアの開催など、その活動は幅広い。常に広い視野を持ち、軽やかに橋渡しの役割を担う松本の経験談やヴィジョンには、海外を視野に活動するフォトグラファーにとって、たくさんのヒントにあふれていた。

 

いつ頃から写真に興味を持ち出したのでしょうか。

昔から写真に限らず、美術、デザイン、建築など興味があるものは幅広いです。写真は政治、社会、歴史など、さまざまなものと繋がっていると捉えているので、僕の場合は、そのほかも楽しめているから、写真も楽しめていると思います。写真に特に興味を持つようになったのは、学生時代に志賀理江子さんの『CANARY(カナリア)』(2008年、赤々舎)と出会ってからです。写真なんだけど、写真じゃないみたいな世界観に引き込まれました。

 

日本写真を牽引する出版社「赤々舎」で働き始めた経緯を教えてください。

それも、志賀さんがきっかけなんです。志賀さんに写真集の感想をメールしたことで知り合った後に、『カナリア門』(2009年、赤々舎)を作る手伝いをしてほしいと声をかけられて。大学生だったので、赤々舎で写真をぺたぺた貼る仕事を朝から晩までやりました(笑)。大学4年生のときにヨーロッパ、アメリカ、南米を巡る約9カ月のバックパッカーの旅に出たんですけど、ブラジルから赤々舎に「働きたい」とメールをしたら、「いいですよ」ってお返事をいただいたんです。

 

入社した2011年は、東日本大震災があった年ですよね。アート界を含む社会全体に、暗い影を落とした時期だったと思います。

2010年の年末に帰国し、翌年2月くらいから働き始めてすぐに地震が起こりました。その頃は、どこの出版社も書店からの注文が芳しくない状態がしばらく続いたと思います。急降下した売上が戻るには時間がかかると思い、それだったら海外にアプローチしようと頭を切り替えました。そういう考えにいたった理由のひとつとして、旅をして世界を見たことがあると思います。各都市で世界の美術館やギャラリーだけでなく、書店も訪ねたのですが、日本の写真集を目にすることは少なかったです。ということは、ニッチな産業ですけれど、参入できるマーケットがあると感じました。

 

具体的にどのようなアプローチをしたのでしょうか。

ある意味時間の余裕ができたと捉えて、当時日本語しかなかった赤々舎のウェブサイトをバイリンガルにしました。イメージそのものは説明はいらないけど、それを解釈するときでも、買うという行為に至るにしても、ある程度言葉の壁をなくすことは大切ですよね。例えば、「カートに入れる」を、「Add to Cart」にするだけでも、自分たちの環境が少しずつ変わるんです。赤々舎も海外からの問い合わせが増え、手応えを感じました。そのほかには、海外の書店への直接の卸しに力を入れたり、Paris PhotoやNew York Art Book Fairに出展したりしました。

 

342014年に独立し、「T&M Projects」を立ち上げ、日本の写真集を海外に広める活動をさらに推し進めていらっしゃいますが、海外での反応を教えてください。

プロダクトとして美しいものは人気ですね。印刷、製本、デザイン、紙、日本の本作りの技術は高く評価されています。例えば、高橋宗正さんの『石をつむ』(2015年、VERO)は、蝋引きされた封筒入りなのが、まず目を引きます。そして、和綴じの美しさ、4色ベタのオフセット印刷による美しい黒。手に取る人たちは、ものの良さからストーリーに引き込まれていきます。日本の写真集が評価されているとよく言いますが、それは森山大道さんとか上の世代の話で、現代のフォトグラファーにおいては、海外のフォトグラファーと同じように、フラットに見られている印象ですね。

 

「T&M Projects」でディストリビューションする写真集の基準とは?

すごく難しいんですけど、コンセプトと合っていて、ものとして良いと思える写真集でしょうか。ここ数年、やたら手の込んだ作りをした自費出版の写真集が増えていますが、それに作品そのものが追いついていないものが多いと感じています。写真の見せ方が上手ければ、ただ写真を並べるだけで良い写真集になるものもありますし、様々なテクニックを使った写真集で良いものもありますから、バランスが重要だと思います。

 

逆に、卸し先へのこだわりはありますか。

書店や個人の方々ももちろんですが、美術館や図書館など半永久的にコレクションしてくれるところへのアプローチは大事にしています。例えば、売れた数はたった10冊でも、それらがキュレーターの手にわたれば、その作家に展示のオファーが来るときが巡ってかもしれないですよね。作家にとってキャリアアップに繋がるよう、業界の重要人物たちにも見てもらえる状況を作ることを意識しています。

 

1最近出版された、田附勝さんの写真集『魚人』(2015年、T&M Projects)について教えてください。

田附さんが青森県八戸市から依頼されたプロジェクトです。八戸市は大きな港町なのですが、人口減少によって漁獲量も減り、市民も魚を食べなくなってきている背景があり、少しでも喚起することを目的とした文化的アプローチとしての試みでした。田附さんは、約一年間かけて地元のコミュニティーに入り込み、最終的には現地の人たちに「勝ちゃん」って呼ばれるくらい仲良くなっていました。台所を撮った写真も、普通だったら「撮らせて」ってお願いしたら、撮影前に片付けられるじゃないですか。でも、ありのままを撮らせてもらっている。田附さんの人柄、フォトグラファーとしてのアプローチが深いところまで届いたから、こういう写真が撮れたんだと思います。
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写真集を2冊セットにした理由は?

ソフトカバーの方は35mmで撮った写真、もう一方のハードカバーには、三脚を立て、6×9サイズの中判カメラで撮った写真を収録しています。前者には、被写体に近づくまでのプロセスなど、どっしりと中判カメラを構えて撮るまでの、さまざまな過程が表れています。日記、もしくはメモ帳のような一冊ですね。1冊にまとめることもできたかもしれないですし、ハードカバーの写真集だけでも成立するのですが、ソフトカバーがあることでより面白く見えると思って2冊組にしました。やはり、これまでになかったやり方で本を作りたいという想いがあります。

 

Zen Foto Galleryのマーク・ピアソンさんと、香港で写真集フェア「HK Photobook Fair」(3月23日〜25日)を開催されていますよね?

今年で2回目になるんですけど、日本はある程度マーケットが出来上がっていますし、欧米だけでなく、アジアにアプローチしたいと思ったんです。香港にはアートブックや写真集を取り扱う書店がほとんどないので、実際に見ることのできる機会を作ったら、真剣に本を買いたい人が集まるんじゃないかと考えました。お客さんは、カルチャーが好きな若い子や、アート・バーゼル香港と同時期に開催しているのもあってコレクターの方が多いです。経済的にも潤っているので、完売した出版社もいました。アジアの出版社にとってヨーロッパ、アメリカは遠いけど、香港なら行きやすいですし、年々出展者数は増えています。

 

小規模なバプリッシングレーベルでも出展できるのでしょうか?

もちろん受け付けています。最低でも5年は続けたいと思っていますので、来年以降でぜひ!

 


Tomoki Matsumoto

出版社「赤々舎」を経て、2014年「T&M Projects」を東京にて設立。赤々舎などの日本の写真集の海外流通を手掛けるほか、さまざまな媒体での書籍の選出や執筆活動、イベントプロデュース、展覧会のコーディネートなど多方面で活躍。ニューヨークやパリのブックフェアに出展するほか、Zen Foto Galleryのマーク・ピアソン氏と共同で「HK Photobook Fair」を主催する。2015年秋に田附勝写真集『魚人』刊行。

 

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